日垞

  • サむト䜜りにハマる

    サむト䜜りにハマる

    勇気を出しお昚日このサむトを公開したので、ちびちびず䜜っおきたサむトを芋おくださった方がいるず思うず倧倉嬉しい。ありがずうございたす。 サむトを䜜り替えなくおはいけないず思っおいた。アメリカでやりたいなら、圓然ながら英語でのコンテンツが必芁になる。今たでのサむトは日本語しかなかったし、URLが「.jp」だったので、「.com」にしたかった幞い珍しい名前なのですぐにずれた。コンテンツも充実させたかった。いろいろなずころにバラバラず散らばったフラむダヌや音源を1箇所にたずめおおきたかったし、そろそろ自分の掻動蚘録をちゃんず䜜るべきだず思った。そうしないず、埌から党郚自分で忘れおしたいそうだ。さらに日本では䞻に組織の䞭にいたが今は違うから、䞀぀䞀぀、やるべきこずはやらなくおはいけない。 レッスンに぀いおもちゃんず情報を出したかった。必芁なこずが分からないのはよろしくない。色々なお教宀のサむトを芋お、クリアな情報発信を目指しお勉匷させおもらいたした感謝。今埌も必芁なこずは郜床改善しおいく。 サむト構築には無知なので、最初は腰が重かった。ブログかSNSオンリヌにしちゃおうかな ずも思ったが、いやいや、仕事したいならちゃんずサむトを䜜るべきず考え盎した。情報が箇所にたずたっおいるずいう意味で、ブログやSNSずサむトはやはり違う。WixずWordpressを倩秀にかけおいたのだが、それだけで倧䜓ヶ月くらい悩んでいたず思う。最終的にWordpressにしたのにこれずいう理由はないのだが、以前少々扱ったこずがあり少しはシステムに銎染みやすいように感じお遞んだ。米囜䌁業でカスタマヌサヌビスなどもどんな感じか予想が぀く、ずいうのもいいず思った予想通りだった。かなりちゃんずしおたのでこれから䜿おうず思っおいる方はおすすめしたす。 さお、私の倢のホヌムペヌゞは日本語ず英語の䞡蚀語が網矅されおおり、か぀、その人の顔・倧䜓の人栌・ビゞネス内容がはっきりず分かりやすく把握できるこずである。これは最初から難航した。Wordpressにはバむリンガル機胜があるのだが、私のプランだず䜿えないのだ。アップグレヌドのためにはずいぶんな額を支払う必芁がある。諊めお、ずりあえず英語ず日本語を䜵蚘しお䜜っおみるこずにした。サむト䜜りは始めおみるず意倖ず楜しい。最初にドメむンを取るたでが䞀番難しかったが、デザむンを決めおいく段階になるず配眮遞び、カラヌ遞び、フォント遞び、写真遞びずいろいろ楜しいこずだらけだ。 サむトを䜜るのはちょっず家の蚭蚈にも䌌おいるず思う。YouTubeのルヌムツアヌを芋おいるず、「回遊動線」ずか「家事動線」ずいう蚀葉がしょっちゅう出おくる。いかにストレスなくキッチンや掗面所を配眮できるか、短い距離で䟿利な動線を䜜れるかずいうこずらしい。確かにWebサむトでも、䜿いやすいサむトは動線が良い。戻るボタンを連続抌ししたり、肝心なずころでどこを抌せば良いか分からないずいうこずがない。なるほど、サむトをデザむンしおいるプロはこういうこずにこだわっおいる蚳か。無限の可胜性がある 玠人には気づかないこずが沢山あるのだろうが、ずりあえず回遊動線ずいう蚀葉を思い出し぀぀やっおみるこずにした。たあ、Wordpressずいう巚倧なツヌルを䜿い切れおいるずは到底蚀えないが、それは仕方ない。必芁なペヌゞは思ったより倚かった。どこに䜕を配眮しおいくのか蚭蚈しおいくのは難しかったけれど楜しい。意倖ず向いおいるのかもしれないなどず調子づいたりもした。 そうこうしおいるうちに文章量も増え、英語ず日本語が䜵蚘されおいるのがずおも芋にくく感じるようになった。芋づらいサむトはダメだ。英語は英語、日本語は日本語で分けるのが筋だろう。そう考えお、思い切っお英語ず日本語で同内容のサむトを䜜っお棲み分けるこずにした。コピペにコピペを重ねお蚀語を分けるずやっず少しスッキリし、面倒だがやっお良かったず思った。 りェブ甚の文章の文䜓も難しい。かたい文章はダメだが、砕けすぎおいるのもダメだ。英日䞡方あるので本圓は党おの文章をもっずチェックしおから出したかったのだが、終わらないたたに公開しおしたった。いろいろ芋぀かるんだろうなず思うが、りェブは修正が簡単なのでそれは良いこずだ。 もう䞀぀倧事だず思ったのは写真だ。良い写真は100を語っおくれる。文章だけだず分かりにくいこずも、写真があればぐっず説埗力が䞊がる。機䌚があるごずに写真を撮るのは倧事だず぀くづく思った。フリヌ画像玠材を䞊手に䜿うのもいいのかもしれない。 ずいうわけでサむトはなんずか出来あがった。ずおも楜しかった。正盎蚀っおもっずやりたいが、私はこのサむト䜜りたい欲をこれからどこに向ければいいのだろう。このサむトをちょこちょこいじればいいのか。 たあ、今の玠人のぬか喜びあたりがちょうどいいのかもしれない。

  • アクロむド殺しず黒井戞殺し

    アクロむド殺しず黒井戞殺し

    私はアガサ・クリスティの小説が倧奜きで、ポワロ、ミス・マヌプル、トミヌずタペンス、ハヌレクむン、パヌカヌ・パむン䞀番奜き、たた探偵が登堎しない䜜品やオカルト系短線に至るたでほが党䜜読んだんじゃないかず自負しおいるのだが、《アクロむド殺し》は最も有名な䜜品の䞀぀であるにもかかわらず未読だった。 理由は簡単で、読む前にネタバレを芋おしたったからである。忘れられないネタバレではあるが、それは10代の頃だったし、いろいろなミステリヌを通っおきた今読んだら、ネタバレを知っおいおもむしろ面癜く読めるんじゃないかず思い、初めお読んでみた。 面癜かった。日本語蚳も良かった现かいずころたでこだわっお蚳されおいるのが䌝わっおきた。クリスティの小説を読むず、トリックや話の進め方の芋事さはもちろん、登堎人物が皆生き生きずしおいるこずに぀くづく感心させられる。だいたいどの小説にも問題を抱えた若いカップルずお節介な䞭幎女性、いか぀い退圹軍人や胡散臭いおしゃべりが出おくるのだが、《アクロむド殺し》も䟋倖ではなく、「ああこれこれ、これがアガサ・クリスティだよね〜」ずいう実家のような懐かしさで楜しく読砎できた。みんなが秘密を抱えおいるずいうのもい぀ものパタヌンなのだが、これが皆自然なずころも良い。物語が展開するためにキャラクタヌが動かされおいるずいうわけではなく、「確かにありそう」ず想像できるのが玠晎らしいのだ。䞭高生の頃にハマっおクリスティ䜜品を読みたくっおいた頃はトリックや犯人にばかり気を取られおいたが、倧人になっお読んでみるずその人間芳察県に舌を巻いた。ミステリヌだず容疑者たちの抱えおいるそれぞれの事情は怪しげな秘密に思えるが、珟実䞖界だっお誰もが問題を抱えおいお、事件に巻き蟌たれおいないから「秘密」になっおいないだけなのである。こういうふうに考えられるようになったのは間違いなく自分が歳をずったからなので、たた別の䜜品も再読しおみたら党然違う感想を持぀のかもしれない。読んでみたい。 2018幎に䞉谷幞喜がこの䜜品をドラマ化しおいたこずは知っおいたが、䟋によっお原䜜未読だったために芖聎しおいなかった。2015幎に出た《特急東掋》オリ゚ント急行は埌になっおから芳たのだが、ちょうどケネス・ブラナヌずゞョニヌ・デップが出おいた2017幎の映画版も芖聎したずころだったので、オリ゚ント急行はどうやっお日本に眮き換えるんだろうずいう興味ばかりが先立っおしたっお、話に集䞭しきれなかった。だが本来䞉谷幞喜は人間を描くこずにかけおはクリスティに負けおいない人だ。アクロむドをどう料理したのかずいうこずが気になり、芳おみた。 いやヌこちらも面癜かった。日本版になっおいるこずは違和感を芚えずに芳れた。キャストのたずたりが良くお、䞀堂に介すシヌンがしっくりくる。たた、背景音楜が少なくお挔者に堎を任せおいるずころが倚いこずも良かった。ポワロの野村萬斎さんは䞀人だけ異䞖界から来たみたいだが、それがポワロっぜくおずおも良かった。倧泉掋さんの挔技は実はあたり拝芋したこずがなかったのだが、良い俳優さんですね 现かい挔技が玠晎らしかった。たた私はAKBでは秋元才加さんが奜きだったので、ご掻躍の様子が芳れおずおも嬉しかった。 どうやっお映像化するんだろうず䞍思議だったのだが、トリックや話の進め方はたさに原䜜通り。こんなに原䜜通りに進んだ映像䜜品も珍しいんじゃないかず思った。少しだけ改倉があったが、それもずおも良くおちょっずした驚きを持っお芳た。王道の探偵ず犯人が察峙するシヌンも玠晎らしく、ラストのカットもずおも良かった。 ずいうわけで倧満足でした。《アクロむド殺し》に察するマむナスむメヌゞは払拭されたした。それにしおも読埌芖聎埌に感想を怜玢しお、ネタバレを知った状態でこの䜜品を読んだ人の倚さにびっくりした。䞀人じゃなかった 䜕が倧倉っお、この䜜品のネタバレっお䞀行で終わっちゃうんだよね。めっちゃ簡単なの、ネタバレが。それでいお衝撃的。いやヌすごい䜜品だわ。

  • 無駄を生きる

    無駄を生きる

    就劎ビザがやっず取れそうな気配の今になっお思うが、この䞀幎は぀くづく無駄だった。文句を蚀っおいるわけではない。客芳的な事実だ。 誰が悪いわけでもない。できるこずはやった。匷いお蚀うなら、アメリカ移民局の遅々ずした察応で、それにはもううんざりだが、しかし私の知っおいる限りはビザ申請のプロセスはできる限りの速さで進めおもらったし、倫も䞀生懞呜頑匵っおくれた。非垞に感謝しおいる。 ただ、仕事人ずしおの自分を考えおみるず、この䞀幎間はコンサヌトもレッスンもできなかったし、緎習も匵り合いがなくお緊匵感も集䞭力もなかった。自分のせいず蚀われればそれたでだが、音楜家は本番に远われお緎習する生き物なので、環境芁因も倧きかったのは間違いない。ほずんど生産性のない䞀幎を過ごした。日本に垰囜した時も味わったアむデンティティクラむシスずいうものをたたもや味わった。確かにこれはしんどい。仕事がなければ人ずも䌚わないし、䜕も䜜り出しおいない自分ずいうのが蟛い。しかし呚りが元気にみんな働いお、瀟䌚ず繋がりを持っおいるのはいいなず思うし、そのお金でアフタヌヌンティヌに行ったりコスメを買ったりしおいるのもたいそう矚たしい。ずいうか、肩身が狭い。私もやりたい。ちょっず高い服やデパ地䞋のお菓子を軜率に買うのに「自分のお金だしいいや」ず思えたあの頃の心理的ハヌドルがない状態に戻りたい。 朝起きお䜕日かにいっぺん雑な掃陀や掗濯をし、ピアノをチャラチャラ匟いお、スヌパヌたで歩いお行っお、ご飯を適圓に䜜っおいるだけの日々を送るうちに「瀟䌚から取り残される」ずいう蚀葉の意味がわかった。猫が来おからはは倚少改善されたが、だからずいっお䞀幎間の私のキャリアの穎を猫は埋めおはくれない。倱われた時間だ。 私は最近たで、その時間を「しかし有意矩なこずもあった」「意味のある䞀幎だった」ず思うこずで自分を慰めおいた。倚少違和感はあったが、実際倫ず䞀緒に暮らすのは楜しいし、久々のアメリカに慣れるたではそれなりに劎力を費やしたから郚分的には真実である。そうやっお考えるこずはある皋床自分を助けおもくれた。 でもよく考えるずやっぱりその考え方は玍埗いかない。ある䞀郚分で意味がある䞀幎だったずしおも、私はやっぱり仕事がしたいし、早く取り掛かりたいし、そういう意味では死んだ䞀幎だった。そしおそう考えるずやっぱり暗い気分に陥っおいたのだが、この間久々に髭男爵のルむ53䞖のむンタビュヌをいく぀か読んで、かなり救われた。この人のむンタビュヌは以前も読んだこずがあり、その時もいいなあず思ったのだが、今回はたさに必芁なタむミングで出䌚ったず思う。孊生時代に幎間匕きこもっおいたずいうこの人はどのむンタビュヌでも、「匕きこもりの時間は無駄だった」ず蚀う。でもその受容の仕方が、深く考えられおいおずおも奜きだ。それは、人生の䞭には無駄な時間があるこず、䜕の圹にも立たない時間をただ受け止めるずいうこずだ。それを「その時間があったから今の自分がある」ずか「あの時間こそが今圹に立っおいる」ずいう矎談にする必芁はない。ただ、れロである自分を認める。 それはシンプルで、難しいこずだ。もしかしたら矎談にした方が簡単かもしれない。でもそれはしない。綺麗な文章にもならないし、勇気が出る話にもならない。ただ、そうやっお過ごした自分を受け止めお蚱すだけだ。 私にずっおこれはかなり勇気がいるこずだった。でも、よく考えおからそういう颚に少し考えられるようになるず、非垞に救われた気がした。 これから自分が未来から振り返った時にこの時間やこういう颚に思った自分をどう思うかはわからない。もしかしお矎談ずしお振り返るのかもしれないし、やっぱり無駄だったず思うのかもしれない。でも、どっちでもいいやず思う。私はそういう䞀幎を過ごし、今ここにいる。それをただ受け止めるための勇気を出そうずしおいる。それでいい。

  • さんぜ

    さんぜ

    アメリカず日本はいろいろ違うずころがあるが、アメリカは州によっお子䟛が䞀人で倖を歩いたり留守番したりしおはいけないずいう法埋があるずころは䞀぀倧きく違うず思う。そういう法埋がなくおも、孊校にはみんなバスで行っおいる。子䟛達だけで道を歩くのは危ないので仕方がない。私は自分が子䟛の頃、毎日たあたあな距離を歩いお孊校たで通っおいたので、アメリカの子どもたちはそれを経隓しないのかず思うずなんだか䞍思議な気分だ。 散歩ずはいいものである。散歩奜きな䜜曲家もたくさんいた。ベヌトヌノェンの散歩奜きはよく知られおいお、絵画にもなっおいる。 良い絵だよね〜。奜きだ。ちなみに宮柀賢治もこの絵が奜きだったようで、写真を撮るずきに真䌌たものが残っおいる。有名なお話ですな。 散歩が奜きな䜜曲家や小説家は倚いが、それもそうかず思う。䞀人で䜜品を生み出すずいうのは孀独な䜜業で集䞭力が途切れたら続けられないし、ずっず机に向かい合っおいるず䜓が鈍る。散歩のいいずころは思い立ったらすぐに䞀人で始められるずころず、䞀銭もかからないずころだ。健康にも良い。気分転換にもなる。悪いずころが䞀぀もない、玠晎らしい趣味だ。 コロナ犍の間、偉人たちにならっお、ずいうわけでもないがどこにも行けないので私もひたすら歩いた。圓時は江叀田に䜏んでいたのだが、そこから池袋や䞭野方面はもちろんのこず、池尻倧橋や神楜坂など、気が向くたたに東京を歩いた。い぀もは電車で通り過ぎおいく道をひたすら歩いおいくこずのなんず正盎で確実なこずだろうか。歩くこずは嘘を぀けないのが良い。足を動かせば進む。そうでなければずどたる。身䜓が脳みそず繋がっおいるこずを実感する。 東京は倏になるず蒞し暑いけど、それを陀けば歩くのが本圓に楜しい街だ。䜏宅街ず繁華街が亀互に珟れるし、アむディアに満ちた楜しい店がそこかしこにあり、駅から駅ぞ少し移動するだけで街の雰囲気がガラッず倉わる。東京は街の景芳を考えお䜜られおいない、芋た目が矎しくない、ずいうポストを以前芋たこずがあるけれど、異を唱えたい。東京は面癜いし、矎しい街だ。 ミシガン、ずいうかアメリカは党䜓的に、人口が集䞭するずころ以倖は歩行者のための街づくりはされおいない。そもそも歩道がないずころも倚い。けれど公園が倚く、そういうずころに行けばかなりきちんず敎備されおいる。歩きたければ車で公園たで行っお歩く、ずいう感じだから、郜䌚以倖では東京みたいに無為に歩くこずができないのが難点だ。ただかなりちゃんず手入れされおいお野生動物なんかも䜏んでいるこずが倚いから、自然を味わうにはずおも良い。 どこで散歩しおもそれぞれ良さがあっお楜しいのだけど、自分が今いない堎所に突然散歩に行きたくなるのはちょっず寂しい。日本でぶらぶら歩きたいけど、そうするずアメリカが恋しくなるんだな。

  • 異囜で歳をずる

    異囜で歳をずる

    アメリカ生掻の幎目を終えようずしおいる。23歳から29歳たでをアメリカで過ごし、33歳で戻っおきたアメリカでの最初の幎がもうすぐすぎる。34幎の人生の䞭で幎ずいうのは長いずいえば長いし、短いずいえば短いだろう。「異囜」ずタむトルを぀けたが自分にずっおアメリカが異囜ず思う堎所なのか、ずいうこずも少しず぀倉わっおきおいる気がする。倫が最近良く「海倖に遊びに行きたい」ず蚀っおいるが、日本から芋ればアメリカは海倖じゃないか。しかしずっず䜏んでいるず最初は異囜だった地が家になっおきお、安心もするが刺激もない土地になっおきおいるずいう気持ちはわかる気がする。なにしろ、私もアメリカの空枯に降り立぀ず安心するようになったのだ。これは䞍思議な気持ちである。留孊したおの頃は日本に垰るず、倧きな荷物を背からおろしたような気持ちになっお心から安心した。逆にアメリカに垰る時は機内でも䞀睡もできず、空枯にいざ到着するず、緊匵でピリピリしながら入囜審査を埅った。それが今では、アメリカの空枯に降り立っおダラダラず秩序なく䞊ぶ人々や乱暎に投げられる荷物、ファストフヌドっぜい独特の匂い、暪柄だけどフレンドリヌな態床に接するず「ああ、垰っおきたなヌ」ず思うから䞍思議である。だがそれは日本が家ではなくなったずいう意味でもなくお、日本の空枯に降り立っお独特の湿気を感じ、瀌儀正しいスタッフに案内され、ゎミ䞀぀ない枅朔な通路を自然発生的にできた列に䞊ぶあの秩序だった空気に觊れるず、それはそれで「ああ、垰っおきたなヌ」ず思うのだ。 こうなっおみるず、私もアむデンティティヌの眮き堎ずいうものが曖昧になっおいるのかもしれない。アメリカにいる時、「ああ、私はなんお日本人なんだろう」ず良く思うのだが、日本にいるず「自分は随分ずアメリカっぜいんだな」ず考えおしたうから、どちらでもない自分がいるこずは確かだろう。たあでも、私は基本の人栌が出来䞊がる時期である20代にアメリカに来たから、蚀語は苊劎すれど、自分のアむデンティティに悩んだこずはあたりない。音楜ずいう明確な拠り所があったのも倧きいず思う。でも、もっず子䟛の頃や思春期に海倖に䜏んでいたらそれは悩んだだろうな、ず思う。 「海倖に䜏んで性栌が倉わったか」 ずいうのはかなりよく聞かれる質問で、自分ではよく分からないので答えに悩むのだが、性栌ずは別に、幎霢に応じた決断ごずをする時、自分が呚囲の䟡倀芳に埓っおいるこずには気づいた。 䟋えば私は23歳でアメリカに来お、その埌の20代をほが党おアメリカで過ごした。䞀般的にいえば就職しお結婚をしおいく重芁な幎霢だ。倧孊院生ずしおやっおきお、少しず぀働きながらアメリカでその時期を過ごしたので、私の仕事に察する考え方はアメリカで最初に叩き蟌たれお、ベヌスが䜜られた。スキルがなかったら生きおいけない。自分を売り蟌たなくちゃいけない。博士号倧事。倉化が圓然。お金の話を厭わず「しなくちゃいけない」。自分が䞍圓に扱われおいるず思ったら「蚀わなくちゃいけない」。こういうのは党郚20代のうちにアメリカで育んだ䟡倀芳だ。そういう自分に気づいおびっくりする時もある。日本人の友達が倚いから結婚芳は日本のものが残された郚分もあるけど、それでも䟋えば同性婚や暩利の問題に぀いおは、ほがアメリカ的物差しで考えるこずになった。 逆に30代のはじめは日本で過ごしたから、そこの䟡倀芳は日本人になった。䞀般的にちょうど健康や家、結婚匏、家族の圚り方なんかが重芁な課題になる幎頃で、人間ドックの倧切さずか、結婚匏の進め方ずかは完党に日本的な思考で進んだ。日本語は幎霢に応じた蚀葉の䜿い方ずいうのもたくさんあっお、30代に応じた敬語や話し方ずいうのも思考に圱響したず思う。 そういう颚に考えるず、おそらく性栌もその幎霢分は䜏んだ文化に圱響されおいるのだろう。堎所はずもかく、その幎霢でしかできない䜓隓ずいうのは確かにあるず思うからだ。自分ではあたり倉化しようず思わなくおも、倖郚からの䞍可抗力で倉わらざるを埗なくお今たでず違うありようになった自分は確かにいるず思う。ずいうこずは぀たり、海倖に䜏んで性栌は倉わったのだ。その幎霢に応じた経隓分だけ。 だがそう考えおいくず気が遠くなっおくる。私はアメリカに幎䜏んで、幎䜏んだ分の自分になった。圓たり前だが幎䜏むのず10幎䜏むのでは党然違うから、その時間分の自分がアメリカ人になっおいる。それず同時に自分がしなかった経隓を思う。昔、ペヌロッパに䜏んでみたいず思っおいたが、20代の自分がペヌロッパに䜏むこずはもう䞀生できない。日本で20代を過ごす経隓もできない。その分の倉化を受け取る経隓はもう絶察にできないのだ。ペヌロッパに限らず、アフリカでも䞭囜でも屋久島でも、過ぎた時間分の自分が受け止める分の経隓はもう䞀生経隓できない。堎所はそこにあっおも時は䞍可逆だから、それだけはどうしようもないこずなのだ。そう考えるずこの䞖界にはどれほど膚倧な経隓ず䟡倀芳があるのだろうかず考えるず果おしなさに眩暈がする。もしあの時遞んだ決断が違うものだったら党く違う自分になっおいたのだろうか。 こういう颚に考えるこずを党お止めるこずはできないのだが、䞀぀、慰めになるこずを最近孊んだ。結婚する前、私は「結婚したら幞せの量は倉わるのだろうか」ず考えおいたが、そんなこずはなかった。幞せの量は結婚する前ず埌で同量のたただ。幞せの質はもちろん違う。䞀人暮らしで奜き勝手に飲みに行ったり遊んだり気たたに寝おいた幞せはもうないが、家で誰かずご飯を食べたり出かけたり共に猫ず遊んだりするずいう新しい幞せに倉わった。これは「私はどこにいおどんな事をしおいおも、感じられる幞せの量は䞀緒だったのかもしれない」ず思うこずに぀ながった。もちろん党おのこずがこの考え通りず限らないこずは明癜なのだが、少なくずも今の自分の慰めにはなる。どこにいおも違う幞せがあり、違う䞍幞せがある。別の人にもそれがある。それを思いやるこずが優しさなのかもしれない。

  • 奜きな食べ物

    奜きな食べ物

    奜きな食べ物っお意倖ず答えづらい質問ではないか。私は奜きな食べ物を述べる時本圓にその時奜きな食べ物を答えるよりも、瀟䌚的に蚱容されやすい答えを優先しおしたう。 䟋えば「キャビア」ずか「トリュフ」ず答えたら金がかかりそうだな〜ず思われそうだし、「いちご」ずか「マシュマロ」っお答えたら、ある皮のファクタヌがかかりそうだ。「なたこ」ずか「くさや」ず答えるのも䜕だか笑えるんだか笑えないんだか、ずいう感じだ。ロヌカル性が高いもの、その地方であたり知られおいないのもあたりよろしくない。「おっきりこみ」ずか「すいずん」ずか日本でならずもかく、英語で話しおいる時ずかはかなり説明が必芁な食べ物になっおしたう。逆に日本でそれほど浞透しおいない料理のこずを話すのも䞀緒だろう。この間「ドルマ」ずいう料理を初めお食べおめちゃくちゃ矎味しかったのだが、「奜きな食べ物」ずしおは挙げづらい『シュクメルリ』『マリトッツォ』みたいに爆発的に流行る可胜性もあるが。 奜きな食べ物による偏芋、ずいうずころには論争もあろうが、奜きな食べ物の話くらいで面倒な印象を怍え付けたくないずいうのも玠盎な気持ちである。ずいうわけで自分に嘘を぀かず、瀟䌚的にも受け入れられた答えを長幎探しお芋぀けた、個人的に完璧な答えが「えび」である。 えびは良い。「えび」は桜゚ビから赀゚ビ、䌊勢海老たでの総称であるし、刺身で食べるずころから耇雑な料理の䞀郚ずしおたで䜿われおいる。日垞の食卓にカゞュアルにのる食材でもあり、旅通のメむンで出おくる食材でもある。カタカナでもひらがなでも挢字でも綎れる。ニュヌトラルか぀矎味しい存圚、それがえびである。それにえびの存圚を知らない人っおそんなにいないんじゃないか。たあ、䞖界は広いのでなんずも蚀えないが、私が関わっお奜きな食べ物を話す人はえびの存圚を知っおいる人が倚そうだ。 しかし知っおいるからず蚀っおえびを皆が食べるわけでもない。䟋えば甲殻類アレルギヌの人がいる。重床なものは呜に関わるものだから、えびは食べられない。他には今調べおみたらナダダ教ではえびを食べるこずが犁じられおいるらしい。なるほど、そう考えおみたらナダダ系食品店ではえびを売っおいるずころを芋たこずはなかったかもしれない。でもナダダ教の友達はえびを食べおいたので、考え方にもよるんだろう。ナダダ教ではないが、以前友達ずご飯に行った時「海掋生物の研究をしおいお、えびや貝は食べない」ず蚀われたこずもあった。そういうふうに考えをベヌスにえびを食べない人もいるだろう。たた、孊生の頃ドむツに行った時、えびを食べおいる人はあたりいなかった気がする。特に内陞地は文化的にもえびに芪しみはないのかもしれない。そういう人たちは私が「奜きな食べ物はえびです」ず蚀ったら「ああ、海方面から来たのね」ず思うのだろうか。 えび䞀぀ずっおも文化ずは面癜いものである。私は和食やむタリアンのえび料理もずおも奜きだが、タむ料理のえびは特に奜きだ。タむ語でえびは「クン」ずいうらしい。トムダムクンはえびを煮お混ぜたものずいう意味だそうだ。トヌトマンクンずいう挜いたえびをパンに乗せお揚げた料理も矎味しい。春雚サラダに入っおいおも矎味しいし、抂しおタむ料理ずえびの盞性は倧倉良い気がする。タむ料理が奜きな理由の䞀぀である。 えびの良さを曞いたずころで苊手な食べ物に぀いおも曞いおおく。子䟛の頃は偏食で絊食が憂鬱だった私だが、倧人になった今は特に食べられないものはない。ゎヌダやブロッコリヌは進んでは食べないが、出おきたらいただく。そういう食べ物が他にもあっお、それは和菓子である。抹茶ずか小豆味ずか、あたり埗意じゃない。でも最近、困ったこずに日本だけならずアメリカでも抹茶味や小豆味が倧人気なのである。タピオカティヌずか飲みに行くずほが100%抹茶味がある。しかも日本なら和菓子が苊手ず蚀えば終わるこずが、アメリカではそうはいかない。アメリカで友達に「私、日本の甘いもの倧奜きなんだよね抹茶ずか」ず蚀われた際に「私は抹茶が奜きじゃない」ず返すのはちょっず気たずい。なぜならそういう時圌らは蚀倖に「日本の文化っお玠敵だよね」ずいう文脈を混ぜお話しおくれおいるからだ。優しさを無碍にするような気がしお、ちょっず心が痛む。芪しい友達なら、「たじか。本圓に日本人」ず蚀っお笑っおくれるのだが、初めおお茶に䞀緒に行く友達ずかだず、もう濁しおしたった方が楜かもしれない。でも嘘は぀きたくない。その埌さらに仲良くなっお心を蚱した瞬間、「私抹茶嫌いなんだよね〜」ず蚀っおしたい、「えっ、じゃああの時 」ず思われるのも悲しいし。難しい。抹茶が奜きになりたい。 奜きな食べ物䞀぀でも、その人の生きおきた人生や文化が衚れるのは面癜く、そしおちょっずこわいこずだ。自分に正盎になるずころず瀟䌚通念に合わせるずころのせめぎ合いである。たあでも、人ず関わるっおそういうものかもしれない。 おわり

  • お任せ

    お任せ

    今や日本はずおも人気な旅行先だ。そうなるず音楜家のみなさんが考えるこずは「日本に行っおコンサヌトしたい。そしお぀いでに芳光もすればキャリアにもバケヌションにもなる」ずいうこずである。ずいうわけで日本にいた頃に打蚺されお、日本囜倖から友達が来おコンサヌトをする、ずいうのをやったこずが䜕回かあるが、どれも盞圓倧倉だった。そもそもコンサヌトを自䞻䌁画するのはそれだけでかなり劎力がかかるこずで、䌁画・お金・人集めずあらゆる心配事を操り぀぀、緎習しお本番を迎えなくおはいけない。それが囜倖から、ずもなるずさらに倧倉で、その人のプロフィヌルを日本語に翻蚳したり、䌚堎近くのホテルをずったり、リハ堎所を䜙蚈に予玄しお単独で緎習する時間をずったり、ツアヌガむドたがいのこずをしたり、そしお通蚳があったり、マネヌゞャヌ的な手間がやたら増える。そしお金銭的には、劎働が増えた分の芋返りはほがない。 でも、今たでのずころやっお埌悔したこずはない。信頌できるいい人たちず挔奏䌚ができたからだず思う。そういうコンサヌトの䞀぀が終わった時、同僚の䞀人が「いろいろありがずう。䌁画しおくれたお瀌にご飯奢るよ。」ず蚀っおくれたので、ありがたく提案に乗るこずにした。「䜕食べる」ず聞かれたので「なんでも」ず蚀ったら、「オマカセが食べおみたい。オマカセでいい」ずいう。オマカセを食べるいや、店遞びを任せおっおこずたあなんでもいいや、ず思っお、「いいよ」ず蚀ったらわざわざ店をサヌチしお翌日のランチを予玄しおくれた。その蟺りの店に入っおご飯を食べるず思っおいたからびっくりである。そしお次の日、店に行っおみるずカりンタヌのお寿叞屋さんでこれたたびっくりした。倧䞈倫かでも、そんなに感謝しおくれおたんだず思ったら嬉しい。 店に入るずメニュヌはなくお、お任せしかないらしい。なんずいうこずだ。ようやくその時、私は「オマカセっおこれのこずか『オマカセ』ずいう蚀葉が『フルコヌス』みたいな意味になっおいるんだ」ず気づいた。確かに寿叞屋や和食屋さんに「お任せ」ずいうゞャンルがあるこずは知っおいたが、それが英語圏ではメニュヌ名ずしお捉えられおいるずは知らなかった。「接波」や「過劎死」に続く日本語がそのたた英語になったパタヌンだ。しかも今床はネガティブな意味ではなく、なかなか玠敵な䜿い方ではないか。 ちなみに埌から知ったがその店はメニュヌをお任せ䞀本化するこずで効率化し、悪くない倀段で矎味しいお寿叞を提䟛するこずに定評のある店だった。「オマカセ」が流行っおいるこずに気づいおいお、むンバりンドを最初から意識しお成功したのかもしれない。今では東京の䞭心に䜕店舗か出しおいる。なんでその情報を同僚が知っおいたかは分からないが、今や芳光客の方が日本のこずをよく知っおいるのは珍しいこずではないのだ。 情報通の同僚が芋぀けた店だけあっおその日のお任せは倧倉矎味しく、なんだか数ヶ月の䌁画の苊劎が報われた気がした。ありがたい。数幎前のこずなのに今でも良い思い出ずしお思い出せる、楜しかった食事だ。 そしお私はアメリカに戻っおきお、「オマカセ」ずいう蚀葉が圓地でより進化しおいるこずに気づいた。倧抵、「オマカセ」ずいう蚀葉は「その店で䞀番高いメニュヌ」を指しおいる。これは倚分日本も䞀緒だ。「盛り合わせ」みたいな意味の時もあるらしい。「オマカセ」ずいう蚀葉は䞀人歩きし、この間SNSで芋たずころ、今や「ミニカセ (minikase)」「小芏暡なお任せ」ずいう蚀葉すら生たれたらしい。さらに昚日むンスタグラムを芋おいたら、「bromakase」ずいう蚀葉がニュヌペヌクタむムズのコラムになっおいた。結構面癜い蚘事だ。アメリカで「オマカセ」がどんどん独自に進化しお、か぀おはステヌキハりスに集っおいた人々が今床は高額のお金を「bromakase」「進化系オマカセ」に費やすようになっおいる、ずいうようなずころが倧筋であるが、そこに察するカりンタヌもあっお、そこではそれが「fauxmakase」「停オマカセ」ずディスられおいる。お任せずいう蚀葉がこんなふうに䞀人歩きするなんお考えたこずもなかった。でも考えおみたら日本でもそういう蚀葉あるし、圓然の進化だよなず玍埗しおいる。 ただこのこずが曞きたかっただけなので、この話にオチはない。オマカセが食べたいです。 おわり。

  • 猫を飌う話

    猫を飌う話

    2024幎の始めから猫を飌っおいる。念願かなっおの猫だ。10幎くらい、垞々猫ず暮らしたいず思っおいた。特にコロナ犍に入っおからはSNSで猫の日垞をアップしおくれるアカりントを耇数フォロヌし、擬䌌的に猫を飌っおいる気分を味わおうずしおいた。 2023幎の倏にアメリカに戻っおきお、秋くらいからは保護猫ちゃんのサむトを芋るのが習慣になっおしたった。毎日曎新されおいくサむトを芋おは、い぀か猫を飌う日が来るのかなず倢芋る日々である。アメリカは保護犬や猫を匕き取るこずをすごく盛んにやる。ペットショップの生䜓販売はないし、ブリヌダヌさんからペットを買うこずもあるけど匕き取りが掚奚されおいる感じだ。 だんだん寒くなっおきおも自分の就劎ビザ手続きがなかなか進たず、芚悟しおいたこずではあったけれど、時間を持お䜙すようになっおしたった。ピアノは緎習しおいたけど、仕事をしおはいけないので本番がセットできない。生埒さんもずれない。そのための営業もできない。ビザの手続き自䜓は順調に進んでいお、しかもある皋床時間がかかるのは圓たり前なのだが、これたで瀟䌚ず぀ながったり人ず知り合ったりするために自分はいかに孊校や仕事頌りだったのか、ずいうこずを思い知らされた。 猫が必芁だず思った。私の日垞にもう少し予定を入れる必芁がある。それに、もし自分がたた「72時間働けたすか」みたいな状態に戻ったら、子猫を育おるなんお絶察にできないだろうず思った。幞いなこずに倫は生物孊をやっおいるだけあっお動物が倧奜きで、猫を飌うこずはむしろ私より前のめりである。今しかない。 いく぀か匕き取り先候補を探しお、近所に保護猫の譲枡を行っおいる猫カフェを芋぀けた。シェルタヌに突然行っお匕き取るよりも、たずは気楜に猫カフェに行くくらいの方がいいかもしれない。猫を飌いたいずは思うものの、ただ少々腰が匕けおいたので、猫カフェで猫ず觊れ合っおみるこずにした。アレルギヌがあるかどうかも確認したかった。猫カフェは混んでいお、予玄するのは意倖ず楜じゃなかった。倚分猫のために受け入れ人数をかなり制限しおいるのだろう。いく぀かアンケヌトがあっお、その䞭に「Adoption譲枡に興味がありたすか」ず蚀う質問があったので、「Yes」ず曞いた。 圓日は幎末で寒い日だったが、猫ちゃんたちに䌚えるず思うず嬉しくお、匵り切っお向かった。入り口で名前を蚀うず、スタッフさんが 「保護猫譲枡に興味があるっおアンケヌトに答えおたしたね。」 ず話しかけおくれた。そうです、ず答えるず 「今、譲枡可胜な子は匹しかいないんです。それでもいいですか」ず聞かれた。 はっきりずその日猫を匕き取ろうず思っおいたわけではなかったし、いいです、ず答えお䞭に入った。スタッフさんが譲枡可胜な子達の元ぞ案内しおくれる。ヶ月の兄匟猫ちゃんたちで、その時はお昌寝しおいた。ずおもかわいい。撫でるずふにゃふにゃ反応する。「初めお飌うならヶ月くらいの子達がちょうどいいですよ。子猫は倧倉です」ず蚀われお、なるほど確かに、ず思った。ただ問題が䞀぀あった。それはこの兄匟猫ちゃんはペアでしか匕き取れないずいうこずだ。二人匹の絆が倧倉匷いため、匕き離すこずはできないらしい。それなら二人は絶察に䞀緒にいおほしい。䞀人になるのは䞍安なものだ。 だが猫初心者の我々に匹の猫を育おるこずなどできるのだろうかそれにお金の心配もあった。日垞的にご飯やトむレを提䟛するこずはできたずしおも、ペットは医療費が倚くかかるこずもあるずいうし、䜕より私たちは今埌ただいろいろなずころに ―― ずいうかもしかしたら日本や別の囜に―― 匕っ越す可胜性だっおある。そしたらそこぞ猫が移動するお金もかかるだろう。猫がアメリカから日本ぞ行くお金を考えたこずはなかったが、安くはなさそうな気がするし、怜疫のためのペヌパヌワヌクなどの準備も倧倉そうだ。匹になったら圓然それは二倍になる。ちょっず自信がなかった。しばらく猫ちゃんたちず遊んでいたらスタッフに「どうですか」ず聞かれたので、玠盎にその気持ちを打ち明けるず「それは仕方ない」ず理解しおくれお、「子猫はたたたくさん来るから倧䞈倫」ず蚀っおくれた。そこで我々はその匹の郚屋から出お、もう譲枡が決たっおいる猫たちのゟヌンで猫ちゃんずの觊れ合いを楜しむこずにした。走り回ったり寝たり、非垞にかわいい。かわいいかわいい。どの子もかわいくお胞がいっぱいになる。その時、カフェの電話が鳎っおスタッフがずった。 「え子猫匹これからはい、分かりたした」 みたいな䌚話をしおいる。その電話を切るず、スタッフがこちらに来お…

  • 免蚱再取埗

    免蚱再取埗

    埌玉県の端、なかなかの田舎育ちだったので、免蚱は必芁になるだろうずいうこずで私は車の免蚱を18歳でずった。やや耇雑なのだが東京で高校に通い䞋宿しおいたので、自動車孊校自䜓は調垃垂で通った。確か、高校も卒業間近の早春だったず思う。自転車でせっせず自動車孊校に通い、2,3ヶ月かけお免蚱をずった。自動車孊校の隣にはガストがあり、授業の間が空く時はたたにそこに行っおいた。孊科は䞀発で受かったが、運転技胜は萜ちお受け盎した。その埌、悪名高き亀通の䟿の悪さである埌玉・鎻巣こうのすの免蚱センタヌにお最埌の孊科詊隓を受け、パスした実家からも東京の䞋宿先からも2時間かかっお本圓にうんざりだった。詊隓の盎前には鎻巣駅前にあるりルトラなんずかずいう予習センタヌにも行き、2床ず鎻巣の免蚱センタヌに早朝から来たくないずいう思いで受けたので、受かった時のほっずした気持ちはなんずもいえないものだった。 ずころがその埌、匕き続き東京で倧孊に通い、その埌ニュヌペヌクで倧孊院に行った私は車の運転をする機䌚には党く恵たれず、ペヌパヌドラむバヌのたた7幎ほど過ごした。だがその埌ミシガンに移るこずずなり、車の運転は必須になるだろうずいうこずになった。日本で免蚱は持っおいるから倧䞈倫だろうず軜く考えおいたが、そんなのは甘い考えで、免蚱を取るたでにはだいぶ苊劎した。私の問題はい぀も技胜詊隓なのである。孊科で苊劎したこずはほずんどないが、おそらく空間把握胜力が著しく䜎いのだろう。バック駐車や瞊列駐車の難しさが日米で倉わるこずはなく、アメリカでも䜕回か教習に通い、そしおその果おに萜ちた。教習所のおじさんに励たされながら、慣れないアメリカ田舎暮らしの䞭でベ゜をかいたのは懐かしい思い出である。やっずの思いで免蚱をずっおからも䞀床事故を起こしたが、しばらくするず慣れおきお、倧䜓どこでも車で行けるようになった。 ミシガン暮らしはしばらくしお終わり、日本に戻った。故郷で䜕回か運転したがアメリカでの運転にすっかり慣れたせいで右偎通行か巊偎通行か混乱しおしたい、たたスピヌドの感芚もだいぶ違うので、日本の運転に慣れるのは難しかった。おたけにちゃんず日本での運転に慣れる前に東京で仕事をするこずになり、そうするず運転は必芁なくなり、たたペヌパヌドラむバヌになった。 2023幎になり、たたもやミシガンに匕っ越すこずになった。䜕床も行き来しおおかしな人生だが、私は芁領良く生きるずいうこずができない人皮なんだず思う。運呜を受け入れお、囜際免蚱を取埗しお戻るこずにした。ビザが切れるず同時にアメリカでの免蚱も倱効になっおしたっおいたからだ。ずころが秩父譊察眲に行っお囜際免蚱を発行しおもらおうずしたら、なんず二週間以䞊かかるずいう。出囜に間に合わないではないか。鎻巣に行けば即日発行だずいうので、たた鎻巣に行くこずになった。本圓に憎たらしい。いろんな人に「鎻巣は䞀床だけの蟛抱だから」ず蚀われおきたのだが、私は最初の曎新も鎻巣に行かなければ行けなかったし、それ以降も囜倖居䜏者の前倒し免蚱曎新で鎻巣に来おいるし、合わせれば4、5回鎻巣の免蚱センタヌに行っおいる。鎻巣駅から15分もバスに乗ったずころにあるこの叀い免蚱センタヌは、呚りに献血バスあれど建物内にWi-fiはない。䞀床埌玉県譊の芁望欄に曞いお出したが、むげもなく断られた。そもそもここに出向かなければ囜際免蚱が即日発行されないこずも含め、党おに時代遅れの絶望が感じられるし、免蚱センタヌの内郚も照明が暗く、どんよりずした諊めのようなものが挂っおいるず蚀わざるを埗ない。唯䞀の良い点ずしおは、囜際免蚱は15分ほどであっずいう間に発行されたずいう点だ。即日発行ず蚀ったのは嘘ではなかった。しかも、担圓スタッフの女性は私も持っおいるナニクロのシャツを着おいた。芪近感を芚え、埮笑たしい気持ちになった。ただそれ以倖、鎻巣の免蚱センタヌにいいずころはない。 埌玉県民にしか面癜くないず思われる鎻巣ぞの呪詛が続いおしたった。話を戻そう。ミシガンに戻るず、私は思った以䞊に運転ができなくなっおいた。䜕もかもが怖いのである。これたで党くできなかったこずを䞊達させるのも倧倉だが、䞀床できたこずができなくなっおいるずいう情けなさもなかなかのものだ。スヌパヌ1぀行けず、過去にスむスむず運転しおいた自分が憎い。しばらく時間をかけお孊科詊隓の勉匷に取り組んだ。䞀床受かったんだし運転しおたんだから倧䞈倫かず思いきや、党おを忘れおいたからである。 ミシガンの運転免蚱詊隓は2段階に分かれる。孊科詊隓ず、実技詊隓だ。孊科詊隓は近所の州オフィスに行き、申請すれば受けられる。オフィスはいく぀もあり、鎻巣のようなストレスがないのは実にありがたいこずである。問題は遞択匏で、わからない問題はスキップしお埌回しにできる。党郚で50問あっお、40問圓たればパスだ。家でネットで緎習問題を解き、受けに行った。アメリカでオフィスに行くのが久々でややテンパっおいたので、身長ず䜓重を聞かれた時にフィヌトやパりンドずいうアメリカ独特の蚈枬方法がはたずわからなくなり、170センチ40キロずいう嘘すぎる情報を蚀っおしたったので、身長は蚈り盎しずなった。その埌芖力怜査などを枈たせ、オフィスの叀すぎるパ゜コンで詊隓に臚み、問題をスキップしたくっお受かった。孊科詊隓に受けるず仮免がもらえる。隣に免蚱を持っおいる人がいれば運転しおも良いずいう免蚱だ。仮免蚱を取埗しおから䞀ヶ月埌から半幎の間に本詊隓に受かれば、晎れお運転免蚱が取埗できる。 孊科詊隓に受かったのは嬉しかったが、技胜詊隓があるので心は晎れなかった。私は密かに䞀぀目暙を立おた。これたで日本でもアメリカでも、技胜詊隓には䞀床も䞀発合栌したこずがない。3床目の免蚱詊隓になる今回こそ、䞀発で受かりたい。3床目の免蚱詊隓を䞀発合栌ず呌んでいいのかはわからないが、ずにかく早く受かりたい。 しばらく緎習しおいるうちに、運転自䜓の勘はだいぶ戻っおきた。高速道路も含め、運転は倧䞈倫だろう。問題はバック駐車ず瞊列駐車である。私は空間把握胜力が䜎いので、車䜓のお尻がいたどこにあるかずか、車䜓が真っ盎ぐであるかずか、そういうこずを把握する力が匱い。噚甚な人はそういうこずがわからないので、䞀床か二床緎習すれば、できるものだず思っおいる。違うのだ。䜓に叩き蟌むたで緎習をしない限り、駐車ができない人間もいる。私はピアノを緎習するかごずく、毎日バック駐車ず瞊列駐車の緎習を繰り返しやるこずにした。毎日仕事から垰っおきた瞬間、駐車緎習に付き合わされた倫は疲れ切っお最埌の方はビヌルを飲みながら私の緎習を芋おいた。繰り返し緎習ぞのこだわりが若干偏執的なのは自分でも気づいおいたが、音楜をずっず続けおきた身ずすれば圓然の緎習方法であり、これしか思い぀かなかったので、続けた。そしおそうするうちに、私はやっずバック駐車ず瞊列駐車の本質のようなものを理解するこずができた。党おは車䜓が今どこの䜍眮にあり、どれくらいハンドルを回せばどこに動くのかずいうこずを予枬するずいうこずなのだ。駐車堎の線内ずいう空間のどこに車䜓ずいう物䜓を動かしどう配眮するか、それが駐車の本質なのである。自分の䜓は今線の倖にあろうず、芋るべきはすでに駐車の線の䞭に入った車䜓のお尻の郚分なのである。これは文章にするず圓然なのだが、䜓感するたでには随分ず時間がかかった。最終的には自分の身䜓が倧きくなっお車䜓になったず考えれば少し玍埗がいくようになった。 そうしおいる内に぀いに詊隓の日がやっおきた。朝から非垞に緊匵しおいたがアパヌトメントの駐車堎で最埌の駐車緎習をしおいるず、近所のおばあさんに突然挚拶され、いらなくなったであろうニット垜ずサビ取りスプレヌをもらったので、吉兆ず捉えるこずにした。実技詊隓は近所の自動車孊校のようなずころで行う。私の詊隓官はむカ぀い4WDに乗った若いお兄さんだった。たずはバック駐車ず瞊列駐車の詊隓だ。立おおある䞉角コヌンをできるだけ倒さないように駐車できれば成功である。以前詊隓を受けた時は掟手に䜕本もコヌンを倒し、萜ちた思い出があるのだが、今回は偏執的な緎習の成果が衚れ、ギリギリで䞀本もコヌンを倒さずに枈んだ。この時点で私は内心では非垞に自分のこずを誇りに思っおいたのだが、お兄さんは「圓然です」ずいうような顔でニコリずもせず、続けお路䞊運転の詊隓に行くこずになった。この時、18歳以䞊の受隓者は詊隓䞭に同乗者を乗せおはいけないので、倫は寒空の䞋に攟り出され、15分埅぀ずいう拷問を受けるこずになった。1番近くのコヌヒヌショップは歩いお10分くらいかかるので、15分ずいう時間はなんずも半端だったのである。路䞊詊隓では䜏宅地の䞭や、STOPサむンで止たれるかどうかなどを審査されおいるのを感じた。運転しながらサラサラず䜕かを曞いおいる音が聞こえたので緊匵した。途䞭私があたりにノロノロず運転するので、もう少しスピヌドを出すようにも促された。高速道路も行くものだず思っおいたが、䞀般道をぐるぐるず䞀呚した埌、車は元の堎所に戻った。駐車するずお兄さんは初めおニコリず笑い、「You passed. Good job.」ず蚀っおくれた。私は心の䞭で快哉を叫んでいたが、おずなしく埮笑み返し、お瀌を蚀った。その埌簡単に手続き方法をお兄さんは説明し、次の受隓者の元ぞ向かっおいった。倫は寒空の䞋立ち尜くしおいたら、早めに蚪れた次の受隓者に詊隓官だず間違われたらしい。寒い寒いず蚀いながら車に乗り蟌み、私が受かったず聞くず、぀いに駐車緎習に付き合う必芁がなくなったず喜んだ。 その日の倜はお寿叞を食べた。お寿叞をレストランたでピックアップしに行く最䞭、金曜の倕方の道は倧混雑しおおり、亀差点はポリスに溢れ「ベトナムのラッシュ」ずいう動画を思い出させる有様だった。日本ずは比べ物にはならないが、久々のお寿叞は矎味しく、私は぀いに免蚱に䞀発合栌したこずを非垞に嬉しく思い、久々にブログを曞くこずを決意したのだった。 おしたい。