見出しっぽいタイトルがつけたくなってやってみた。
さて、2025年はラヴェルの生誕150周年である。大好きな作曲家なので、色々な機会に聴けるかな〜と思うと嬉しい。関連書籍などもこの機会に合わせて新しいものが出てくるだろうし、自分でも今まで弾いたことがなかった作品にちょろちょろ手を出したいなと思う(ラヴェルの作品でちょろっと手を出せるものなんて一つもないけど)。
その皮切りとして、チョ・ソンジンがラヴェルのソロピアノ作品を全部弾く!というリサイタルに行ってきた。言葉にまとめるとシンプルだが、トライアスロンみたいなプログラムである。なんせ「世界一難しいピアノ曲」という異名を持つ《ガスパールの夜》を筆頭に、《鏡》《クープランの墓》という難曲が控え、そこに《高雅で感傷的なワルツ》《水の戯れ》《ソナチネ》が続き、その他にも小品が何曲かあるのだ。全部の音符数えたら何個くらい行くんだろ…一億とか行く?ちなみに「complete solo piano works」と書いてあったが、作品リストを見ると細かい作品は省いているのもあった…ぽい?また《ラ・ヴァルス》はもとがオーケストラ曲だからか含まれていなかった。
若き巨匠チョ・ソンジンの演奏を生で聴くのは2019年にカーネギーホールで聴いて以来。その時はドビュッシーと《展覧会の絵》を弾いていた。どちらもラヴェルとつながりがある音楽なので、その辺りが好きなんだろうね。チョ・ソンジンの印象って、個人的には少年漫画のイケメンライバルキャラというのがしっくりくる。《NARUTO》でいうサスケくんみたいな…。涼やかな顔でなんでも簡単にこなすような感じ。
19:30にコンサートが始まるので15分前くらいに行くと、会場は混んでいた。韓国語がたくさん聞こえたので、韓国系の人が多く応援に来ているのが分かった。ちなみにこの現象は内田光子のリサイタルにおいては日本語で起こる。音大生っぽい人もたくさんいた。友達も行くと言っていたし、顔だけ知っている大学の先生も見かけたので、結構いろんな人がいたのだろう。
演奏は出版順。
《グロテスクなセレナーデ》《古風なメヌエット》《亡き王女のためのパヴァーヌ》《水の戯れ》《ソナチネ》
休憩
《鏡》《ガスパールの夜》
休憩
《ハイドンの名によるメヌエット》《高雅で感傷的なワルツ》《プレリュード》《ボロディン風に》《シャブリエ風に》《クープランの墓》
いや…まじか。三部形式になってるけど、最初の二部だけで十分コンサートとして成り立つよね。ていうか、この第二部には《鏡》と《ガスパール》両方弾くの?やばくない?ていうかこれ、何時間かかるの?
プログラムを見てやや動揺するこちらをよそに、コンサートは始まった。ソロピアノのリサイタルに行くといつも思うことだけど、合唱付きのオーケストラでも埋められるような大きなステージの上にピアニストが一人でぽつんとピアノに対峙している姿って本当にかっこいいなと思う。大学時代に授業で「ピアニストは孤独なガンマンなんですよ。一人で仕事場に行って一人で片付けて一人で帰る。」と熱弁していた先生がいて、当時は面白いな〜と笑っていたのだが、それ以来一人で舞台に立つピアニストを見るとその言葉を思い出すようになってしまった。
チョ・ソンジンがすごいのはもちろんとして、このリサイタルはラヴェル作品の展覧会としてもすごく面白い試みだということを聴き始めて悟った。若書きの曲から後期までかけて作風が変化していく作曲家も多いけど、ラヴェルは変わらない!最初からラヴェルだし、最後までラヴェル。あの独特の清潔感というか、やや不吉であり古典を感じさせる優雅な音楽というか、最初からスタイルが確立されている。「最初から完成した作曲家」と言われている訳が体感できた。
第一部では《亡き王女》が一番心に残った。どんな曲でもサクッと弾いてしまうピアニストだけど、もしかしたらこういうゆっくり系の曲が一番心に響いたかも。
休憩を挟んで第二部。テクニック的に一番きついのはここだと思うが、本当に軽々。あぶなげが一切ない。あまりにも楽々弾くので、簡単な曲かと勘違いしてしまうようなパフォーマンスだった。それにしても《鏡》はいい曲だね。ラヴェルの曲、題名も大好き。余談だが、それが和訳されるとまた独特の美しさになると思う。『悲しい鳥』というタイトルのなんと美しいことか。和訳した人、天才。曲としては《ガスパール》より好きだな〜。《ガスパール》は不気味さやホラーが前面に出るというよりは、チョ・ソンジンのクリーンな演奏とラヴェルのちょっと潔癖な感じがマッチして静謐な恐ろしさを感じさせるような演奏だったと個人的には受け止めた。
ブラボーが出て2回目の休憩。友達に会えるかなと思って会場をぐるっと回ったが、会えなかった。この時点で聴く側は十分満足していた。隣の人にも「もう終わり?まだ続きある?」と聞かれたし、帰った人もちょろちょろいた。
第三部は珍しい小品もあって、とても新鮮だった。特に《ボロディン風に》の可憐な美しさに惹かれた。弾いてみたくなっちゃう。そしてラストは《クープラン》。私、ラヴェルのピアノ作品だったら一番クープランが好きかもしれない。第一次世界大戦に関連した曲の成立過程からして泣けるし、何一つ足すところも引くところもない圧倒的な完成度を感じる。大学三年生の時に弾いて以来「もう結構デス」と思っていたけど、またやってみようかな。あれから随分時間が経っているから全然違って見えるんだろうな。
全体的にクールな印象でプログラムを駆け抜けてきたチョ・ソンジンだったけれど、ラストのトッカータでは爆発していた。熱い演奏!最後に来てこういう感じになるのかと思って、印象が変わった。
終わった瞬間、拍手が大爆発。どんな時もスタンディングオベーションするアメリカ人だが、今回のには、より実感がこもっているような…気がした。
もしアンコールに《ラ・ヴァルス》を弾き始めたらどうしよう?と思っていたのだが、トータル3時間のリサイタルの終わりに、流石にアンコールはなし。何回めかにステージに呼び戻された時にピアノの蓋を閉め、笑いを呼んでいた。
いやほんと、恐れ入るプログラムでした。なかなか聴けないよこんなの。サクサクこなしてるのが偉業すぎた。年取ったら体力的にも厳しくなるプログラムだし、今こんなことしてくれてありがとう。またいつか聴きに行きます!


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