10/26 コンサート

自分がまだ大学生だった頃、確か2011年の夏にドイツのフェスティバルに参加した時にヴァイオリンクラスでピアノを弾いていたピアニストのトーマス・ホッペさんがデトロイトに来てコンサートをすると知ったので行ってきた。

私は当時室内楽のことなんて何も分かってない若造だったんだけど(今も分かってないけど)ホッペさんの伴奏は今でも思い出せるくらい鮮明で、まるでオーケストラのように音色が豊かで音量の幅がとても広く、奏者にすごく寄り添っていて、音楽を奏でる歓びみたいなものが演奏から溢れ出ててとても印象的だった。それまでも好きだったけど、室内楽をもっとたくさん学びたいなと思ったのを覚えている。

会場までは1時間くらい運転しなくてはいけなかったのでやや逡巡したのだが、まあいいかと思って出かけた。少し帰宅ラッシュに巻き込まれたが、会場には早く着いた。住宅街の中にある高校のホールが会場である。デトロイトはアメリカの中でも隠れた建築観光要所だとどこかで見たが、この高校も学校とは思われない城のような建物である。しかし入ってみると高校らしく教室が並び、ポスターや写真が飾ってあった。演奏会場がどこか分からなかったので恐る恐る進んだが、さほど歩かないうちにスタッフが声をかけてくれてホッとした。

着いたのが早かったので会場にはほとんど誰もおらず、大丈夫かなと思ったが、開演時間になると50人を超える観客が集まった。アメリカのコンサートって人集まるの遅くない?いつも心配になってから、あ、大丈夫だったってなる。

今日の編成は珍しく、管楽器とピアノのクインテットである。オーボエ、クラリネット、バスーン、ホルン、ピアノだ。多分この編成でフルのコンサートって人生初かもしれない。レパートリーが気になった。衣装は黒黒にスニーカー。今っぽくて良いね。ここ最近、ぐっとカジュアルな衣装で本番に出る人が増えた気がする。

ベートーヴェンの《ピアノと管楽器のためのクインテット Op. 16》が一曲目。ホッペさんのピアノってただ合ってるだけじゃなくて、吸い付いていくようにピッタリ寄り添っている。音量、呼吸、音色、雰囲気。なんだろうあれは。昔聴いた時もすごいと思ったが、10年以上経って聴いた今回は脂がのっていてまさに音楽家として充実しきった黄金期の演奏だと思った。聴いていて本当に勉強になる。あと、譜めくりなしで自分でめくっていてすごかった。ベートーヴェンの初期ってピアノに負担が大きくて弾きづらい曲が多いのだが、明るい雰囲気と軽さのあるヴィルトゥオーゾで楽々といった感じ。とても良かった。

二曲目は《エルサレム・ミックス》という2007年にドルマンというイスラエル出身の作曲家が発表した曲。揚げた肉の盛り合わせである「エルサレム・ミックス」という人気のメニューから曲名がとられているそうだ。いいね。この曲を選ぶことに思惑があったのかは何も言及がなかった。6曲から成る組曲で、アルメニアやトルコの民族舞踊のスタイルや、ユダヤ人の祈り、イスラムの祈りなど、混じり合う豊かな文化が反映された音楽だった。ピアノは内部奏法もあり。魅力的な曲で、メンバーさえ集まれば私も弾いてみたい!と思った。

休憩が挟まる。主催団体の会長が出てきて10分から15分くらい休みますと言った。休憩の時間が大体の雰囲気で決まるの結構好き。規模がとても大きいコンサートだと難しいが、そういうコンサートは正直あまり室内楽向けの会場でないことが多いのでね。あとは、終演後に奏者がロビーに出てくるから特に若者は是非挨拶してくださいと言っていた。

後半はスターリという2021年に亡くなったスイスの作曲家の《5つのバガテル》からスタート。「後半はエンターテインメント」と説明があった通り、一つ一つはとても短いがキラッとした逸品。チャーミングでした。

最後はガーシュウィンの《パリのアメリカ人》。この編成のためのアレンジ版。アメリカでツアーをするならみんなが知っている曲を入れろ、ガーシュウィンとか、とエージェントに言われて入れたらしい。正直だな。これは説明いらずの楽しい曲。楽器の特性も思いっきり活かされていて、良いアレンジでもあった。

終わったらみんな総立ちになるのはいつものアメリカ。もはや礼儀である。アンコールはなし。この編成でアンコールピースを探すのはやや難しいので納得だ。

別に若者ではないけれど会長も推奨してくれたし、せっかくだから一言くらいご挨拶して帰ろうと思って壁の花になっていたら、会長が「あなたも楽器を弾く?」と声をかけてくれた。私はいかにもピアノ弾きそうな佇まいをしているのでおそらくすぐに分かったのだと思う。「ピアノを弾きます」と言ったら、会長がわざわざホッペさんを呼んでくれた。「彼女もピアノを弾くみたいだよ」と来てくれたホッペさんは「明日の譜めくりが見つかった」と冗談を言っていたので、ああやっぱりホッペさんでもセルフ譜めくりは大変なんだなと謎に安心した。かつてドイツのフェスティバルにいたんです、と軽くお話しして、最後に「今はデトロイトにいるんだね?」と言われたので、そうです、と言った。自分の詳しい状況はその場で説明するには多少込み入っていると思ったので省いてしまったが、今も音楽してますよとお話しできてとても嬉しかった。また頑張れる。

帰りながら、確かにドイツのフェスティバルで会った日本人が10年後にデトロイトでコンサートに来たらやや謎だよなと思った。自分でも予想していなかった展開すぎる。あのフェスティバルで出会った人たちは皆元気だろうか。その時私が教わった先生は亡くなったとお聞きした。当時すでに確か80歳を超えていた。長く幸せな音楽人生を送られたことだろう。他にも全然会っていない人ばかりだが、その人の音楽だけは自分の中に残っていて、時々ふっと立ち昇ってくるのが不思議で嬉しい。

Leave a comment