今回は伝説級ピアニスト、アルトゥル・シュナーベルの録音でベートーヴェンのピアノソナタ 2番 Op. 2-2を聴こう。
| ピアニスト | アルトゥル・シュナーベル(1882-1951)。オーストリア出身のピアニスト。のちにアメリカに移住。 |
| ベートーヴェン ピアノソナタ 第1番 Op. 2-2 | 1796年出版。イ長調。 |
なぜシュナーベルが伝説級かというと、この人は史上初めてベートーヴェンのピアノソナタ32曲全曲を録音した人なのである。しかも、今の時代のように後からつなぎ合わせたりとかはできない、それぞれ一発テイク録りの時代に32曲を録音したのである。これはもう偉業と呼ぶほかあるまい。よく、シュナーベルの録音にはミスが多いという人がいて、まあそれが気になるならば仕方ないが、一発録りでここまでのクオリティのものを残せるというのは本当にすごいことである。シュナーベル自身はこの録音が相当キツかったようで、こちらのエッセイによると「拷問」とか「奴隷のよう」「間違えるごとにやり直し。心身ともに耐えられない」「一人になったら道端で泣いた」というような(意訳)書かれた手紙が残っているそうだが、そんなことを書くのも当然と思えるようなプロジェクトである。
また、シュナーベルはレシェティツキというピアニストの弟子でもあるのだが、そのレシェティツキが習った先生はあのチェルニー(練習曲が有名)であり、さらにそのチェルニーが習った先生はベートーヴェンという作曲者直系の弟子でもある。ちなみにシュナーベルはベートーヴェンのピアノソナタ全曲の楽譜校訂(校訂というのは、数ある楽譜の版がある中からどれを採用するか決めたり、出版されてきた過程で色々生じた差異を検討していったり、アカデミックに楽譜を編集していく仕事)もやっている。偉大。
Op. 2-2も引き続き規模の大きなソナタである。1番もそうなのだが、出だしがアウフタクトになっていて、特にこのOp. 2-2は楽譜を見ずに一回聴いただけだと出だしのどこにビートがあるのか5小節あたりまでよくわからないような作りになっているのが面白い。誰かが呼んで、それに応えるような出だしだ。1番と比べると、軽妙洒脱と言っていいようなユーモラスさがある。若きベートーヴェンの師匠、ハイドンの影響があるのかもしれない。というか、あるのだろうね。
せっかくなのでシュナーベルの校訂した楽譜を見ながら久しぶりにこの曲を聞いてみたが、まずテクニカルな難しさに改めてびっくりした。音域が広いところをノータイム跳躍させたり、細かい音を駆け上らせたり、かなり大変だ。シュナーベル版では難しいところではシュナーベル先生がアドバイスをくれている箇所もある。

1楽章のオクターブでガーッと下がったり上がったりする難所。「片手で弾くのはとても難しい(しかし練習は何度も何度もしなくてはいけない)」と書いており、左手も使って弾くコツを書いてくれている。先生…!そしてまたシュナーベルの演奏はかなり自身の校訂した楽譜に沿った演奏だと感じた(ピアニストの中には自身の校訂した楽譜とは違うタイプの演奏をする人もいる)。こういうテクニカルなコツは本来の「校訂」という本来の意味からは少し外れるかもしれないが、私はこういうピアニストのアドバイスが書いてある楽譜がかなり好きだ。演奏家の哲学みたいなものを感じる。でも演奏する時は原典版と両方使ってね
シュナーベルの演奏は全体的に気品があって上品だ。録音のせいかもしれないけど、強弱の幅が多少少ない気がする。でもそれが逆にえも言われぬ品を醸し出していて、良い。非和声音の目立たせ方もやりすぎずチャーミングだ。音楽のしゃべらせ方が巧みでとても難しいことをやっているのにさりげなく聴ける。まさに匠の技よ。
IMSLPのシュナーベル版を見ながら聴くのおすすめします。めっちゃ勉強になりました。


Leave a comment