ベートーヴェンのピアノソナタを聴こう!Op. 2-1編

昨今はYoutubeに伝説的なピアニストの演奏動画がたくさん落ちているので、その中から少しずつ素敵な演奏を拾い上げて聴いてみようと思う。まず1回目なので、ベートーヴェンのピアノソナタの1番 Op. 2-1。スヴャトスラフ・リヒテルの演奏する動画を選んだ。

ピアニストスヴャトスラフ・リヒテル(1915-1997)ウクライナ系のピアニスト、主にロシアで活動。冷戦時はあまり西側諸国で演奏できなかったこともあって伝説的な存在だった。
ベートーヴェン ピアノソナタ 第1番 Op. 2-11796年出版。ヘ短調。

ベートーヴェンの記念すべき初出版ピアノソナタである。1770年生まれなので、25−26歳あたりで初めて曲を出版したと思うと、当時としてはベートーヴェンはそれなりに遅咲きである。今の人だとしても大学院を出る年頃で曲を出すようなものだから、13歳でオペラを作って上演していたような早熟の天才と比較すると少々親しみが湧くかもしれない。

ベートーヴェンはこの頃、作曲家というよりはどちらかといえばピアニストとして活動していた。それもバリバリ弾くタイプのヴィルトゥオーゾピアニストとして売り出していた。自分で弾くことを想定していたのだろう、だからベートーヴェンの初期作品はテクニック的に難しい作品が多い。Op. 1のピアノトリオも難しいし、Op. 2のピアノソナタもなめてかかってはいけない。とはいえ、この第1番は小学校高学年〜中学生くらいでもよく弾かれる、人気のあるレパートリーである。

ある程度の年齢になってからの作品ということもあるのか、この曲は作品番号こそ若けれどちゃんと修行を積んだ大人が書いた曲だということが聴いてみると分かるように思う。ヘ短調という調号が4つあって弾きづらい、もしかしたら楽譜の売れ行きが悪くなりかねない調をわざわざ選んでいるところがまずベートーヴェンらしい。そして最初のピアノソナタではあっても4楽章形式という大きい規模を選んで見事に成り立たせているところにも、若者の挑戦と同時に練度を感じる。そしてベートーヴェンの大きな特徴である「小さなモチーフを曲全体に張り巡らせる」という手法はこの頃から健在である。

リヒテルのこの動画は、一曲の統一感がまずものすごい。ソナタを演奏する時って結構楽章抜粋で弾くことも多いものだが、この演奏を聴くと「4楽章全部弾くことで一曲として完成するんだな」と納得させられる。また全体を通しての緊張と緩和が変幻自在で、最後まで集中して聴ききれる。この緊張と緩和コントロールの秘密は、一つにはリヒテルのテンポの操り方のうまさがあると思う。例えば出だしの右手。静まらない観客に微妙に苛々した様子のリヒテルだが、サッと弾き出す時、そのテンポは落ち着いて一定で、張り詰めた緊張感がある。その後も盛り上がってちょっとテンポが上がっても良さそうな箇所でもテンポは一定にキープされていて、そのビートが音楽の集中力を高めているように思う。この一定のテンポが再現部に戻る時に少しだけテンポアップする。ここが緊迫感増し増しでかっこいい!そして再現部に戻ってくるとテンポが引き締められて、再び進む。

また、緊張感の高い演奏ではあるが、チャーミングさもところどころにあらわれてそれがホッとする効果をもたらしている。2楽章の音の美しいこと。和音の充実感のあたたかいこと。ちなみに2楽章は細かい音が多いので、譜読みするときはまず細かい音の速度を決めてから読もう。3楽章は1楽章のムードを引き継いで、決して速すぎないテンポが緊張感を増すような作りにしている。またベートーヴェンといえば急に強い音(sf)が出てくるのも大きな特徴だが、このリヒテルの演奏はそれを自然に感じる時と意図的に不自然に感じさせる時が実にうまくコントロールされていると感じる。

そしてそこからの4楽章!今までの一定に保たれたテンポはこの楽章の準備だったんだと一瞬で分かる。貯めた緊張が一気に放出され、嵐のように音楽が進む爽快感がすごい。そしてあまりのテンポの速さに途中でリヒテル様の左右のテンポ感が違っているところがあるのだが、それでも全く危なげなく強い心で音楽を引っ張って行くところに巨匠を感じて、熱い。こういう時崩壊しないピアニストがかっこいい。まさに冷静と情熱を併せ持っている感じだ。

若いベートーヴェンの野心を巨匠が受け止めた見事な演奏だと思う。

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