今や日本はとても人気な旅行先だ。そうなると音楽家のみなさんが考えることは「日本に行ってコンサートしたい。そしてついでに観光もすればキャリアにもバケーションにもなる!」ということである。というわけで日本にいた頃に打診されて、日本国外から友達が来てコンサートをする、というのをやったことが何回かあるが、どれも相当大変だった。そもそもコンサートを自主企画するのはそれだけでかなり労力がかかることで、企画・お金・人集めとあらゆる心配事を操りつつ、練習して本番を迎えなくてはいけない。それが国外から、ともなるとさらに大変で、その人のプロフィールを日本語に翻訳したり、会場近くのホテルをとったり、リハ場所を余計に予約して単独で練習する時間をとったり、ツアーガイドまがいのことをしたり、そして通訳があったり、マネージャー的な手間がやたら増える。そして金銭的には、労働が増えた分の見返りはほぼない。
でも、今までのところやって後悔したことはない。信頼できるいい人たちと演奏会ができたからだと思う。そういうコンサートの一つが終わった時、同僚の一人が「いろいろありがとう。企画してくれたお礼にご飯奢るよ。」と言ってくれたので、ありがたく提案に乗ることにした。「何食べる?」と聞かれたので「なんでも!」と言ったら、「オマカセが食べてみたい。オマカセでいい?」という。オマカセを食べる?いや、店選びを任せてってこと?まあなんでもいいや、と思って、「いいよ」と言ったらわざわざ店をサーチして翌日のランチを予約してくれた。その辺りの店に入ってご飯を食べると思っていたからびっくりである。そして次の日、店に行ってみるとカウンターのお寿司屋さんでこれまたびっくりした。大丈夫か?でも、そんなに感謝してくれてたんだと思ったら嬉しい。
店に入るとメニューはなくて、お任せしかないらしい。なんということだ。ようやくその時、私は「オマカセってこれのことか!『オマカセ』という言葉が『フルコース』みたいな意味になっているんだ」と気づいた。確かに寿司屋や和食屋さんに「お任せ」というジャンルがあることは知っていたが、それが英語圏ではメニュー名として捉えられているとは知らなかった。「津波」や「過労死」に続く日本語がそのまま英語になったパターンだ。しかも今度はネガティブな意味ではなく、なかなか素敵な使い方ではないか。
ちなみに後から知ったがその店はメニューをお任せ一本化することで効率化し、悪くない値段で美味しいお寿司を提供することに定評のある店だった。「オマカセ」が流行っていることに気づいていて、インバウンドを最初から意識して成功したのかもしれない。今では東京の中心に何店舗か出している。なんでその情報を同僚が知っていたかは分からないが、今や観光客の方が日本のことをよく知っているのは珍しいことではないのだ。
情報通の同僚が見つけた店だけあってその日のお任せは大変美味しく、なんだか数ヶ月の企画の苦労が報われた気がした。ありがたい。数年前のことなのに今でも良い思い出として思い出せる、楽しかった食事だ。
そして私はアメリカに戻ってきて、「オマカセ」という言葉が当地でより進化していることに気づいた。大抵、「オマカセ」という言葉は「その店で一番高いメニュー」を指している。これは多分日本も一緒だ。「盛り合わせ」みたいな意味の時もあるらしい。「オマカセ」という言葉は一人歩きし、この間SNSで見たところ、今や「ミニカセ (minikase)」=「小規模なお任せ」という言葉すら生まれたらしい。さらに昨日インスタグラムを見ていたら、「bromakase」という言葉がニューヨークタイムズのコラムになっていた。結構面白い記事だ。アメリカで「オマカセ」がどんどん独自に進化して、かつてはステーキハウスに集っていた人々が今度は高額のお金を「bromakase」=「進化系オマカセ」に費やすようになっている、というようなところが大筋であるが、そこに対するカウンターもあって、そこではそれが「fauxmakase」=「偽オマカセ」とディスられている。お任せという言葉がこんなふうに一人歩きするなんて考えたこともなかった。でも考えてみたら日本でもそういう言葉あるし、当然の進化だよなと納得している。
ただこのことが書きたかっただけなので、この話にオチはない。オマカセが食べたいです。
おわり。


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