「ピアノを習うとIQが上がる」という話を聞いたことがある人は多かろう。「ピアノを習うと頭がよくなります」とホームページに謳っているお教室も多い。
ナントカ大学が論文を出しているらしい。ナントカ教授のメソッドがあるらしい。脳科学がどうとかこうとか…。有名な科学雑誌に載ったとかなんとか…。東大生にもピアノを習っていた人が多いらしい、いやそれは社会的要因が大きいらしいとか。
さて、本当のところはどうなんですかね?
この手の質問をされることはたまにあるのだが、返答には結構困る。なぜなら、正直に言ってよくわからないからだ。ただ、ピアノを教える・もしくは音楽教材を売ったり広める・なんにせよ音楽業界で飯を食ってる側のマーケティングとしては答えは
「はい」
しかない。さらに今軽く検索したところ、これまでに音楽を習うこととIQの相関関係というのは私が思っていた以上に多く実験されて論文になっており、音楽を習うことによって少なくとも脳にある程度の影響があることは実証されている模様だ。例えばこのClassic FM の記事は良いまとめだと思う。この記事の中にある2014年のTED talkの動画も分かりやすい。音楽を演奏する時には視覚・聴覚・運動能力など脳の複数の部分をいっぺんに使っていて、演奏を行っているときは他の活動(スポーツや他アート)では見られない脳の働き方が観察されるということだ。そういう使い方をしているため、ミュージシャンはしばしば脳の「処理能力(?)」が高い、ということらしい。
他の活動と比較してどうか、というのはともかくとして「演奏するときにいろんな部分を使う」というのは感覚的によくわかる。演奏している時って色々なことを考えている。この音は出して、ペダリング薄くして、柔らかい感じの響きが欲しいな、次は左手の跳躍に気をつけて、と次から次へ思考がまわる。人と一緒に演奏している時だったらその人とコミュニケーションもとりつつ進むから、さらに違うことも考える。だから、「脳が花火をあげている」というのはきっとその通りなんだろう。
だが、それをもってして「ピアノを習うと頭が良くなる」とまとめるのは果たして正しいのかどうか、という話である。私は音楽と脳の関係については素人であるしまたその分野の音楽教育について専門的な勉強をしたことがないため、音楽を演奏する一介の人、また音楽家がたくさん周りにいる人としての体感として書くが、少なくとも、これまで誰かの頭の良さがピアノを習ったおかげだと感じたことはない。また自分を含め、周囲の音楽家が際立って「頭が良く」、それが楽器を習っていたことに起因するのか、と言われたらかなりの眉唾ものだ。
現実はもっと複雑なのである。そもそも「ピアノを習うと頭が良くなる」という文句の「頭がいい」という言葉はどういう意味なんだろう。想像するに、この「頭がいい」に含まれる願望はなんとなく「IQが高い」ということには限らない気がするからである。IQが高いことはたとえばコミュニケーションに長けているということとは違うし、社会をうまく生き抜くこととも違う。頭脳が優秀すぎるせいで生きることに難しさを抱える人がいるのは珍しくもないことだ。どちらかと言えば、「人生うまくいってほしい」という感じの気持ちがここには込められているのではないか。
それに身もふたもないことも言ってしまえば、音楽をやって上がったIQ程度でサバイブできるほど世の中は甘くないのではなかろうか。しかも「ピアノをやってIQが上がる」というレベルに達するには、それなりに音楽に労力を傾ける必要がある気がする。単に一日に10分ピアノの前に座る、ということではなく、それなりに時間をかけた反復練習と集中力を伴った演奏が重なった末に達する状態なのではなかろうか。つまり「ピアノを習えば頭が良くなる」というのは嘘ではないが、多少なりとも大味なまとめで、「ピアノを習って相応の努力をすれば、それに関連した脳の働きが活発になる」という方がより正確であろう。しかしピアノをそんなに練習していれば他のことをする時間は当然減るわけだから、そこにはデメリットも生じるわけである。
こんなことを書くと「じゃあピアノは習わなくていいや」と思われる方がいるかもしれないが、それは違う。私はピアノを習うことには大きなメリットがあると思う。楽器を弾くこと自体、とても尊いことだし。ただ、ピアノを習うことの一番のメリットを「頭が良くなる」という部分に置いてしまうと、期待した結果とは違うものが出てしまうかもしれないので、ある程度私の考えを書いておいてもいいかなと思った。
「頭が良くなる」ということに関連していうならば、ピアノを練習することによって得られる集中力、忍耐などはきっと勉強にも、どんなことにも役立つだろう。音楽家にもいろいろな人がいるけれど、みんな不思議な忍耐強さを持っている。それに、音楽は好奇心を呼び覚ましてくれる。歴史や社会への関心、音が響くという現象それ自体への関心、奏者や作曲家など人への関心。好奇心こそは学習のための第一歩ではないだろうか。最後に、ピアノを弾いても人生うまくはいかないが、人生うまくいかないときに傍にピアノがあるのは、悪くない。
というわけでみんなピアノを弾こう。頭も良くなるぞ。


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